沖縄南部の旅 1

またまた書くが、江戸時代の「講」は村のみんなでお金を貯めて、代表がお伊勢参りをしたり富士登山をしたりして、その話を聞いたりお土産をもらったりだったとのこと。家庭内「講」の代表、妻による旅の記録。写真少なし長文注意です。

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夫の故郷に行く。ひとりぼっちで。一年ぶり。
そう聞けば夫はどうしているのかと思われそうだがちゃんと生きていて、他にやるべき
こともあり、普通に機嫌良くお留守番している。たまには「( 妻に)置いてかれた~」と吹聴して同情を得ているらしい。

 それはともかく JAL905便、羽田発8時5分である。窓際の席がとれたのに曇り。だがこの機種は目の前の画面で映画が見えるのである。国際便でしかありえない、
と思っていたが、沖縄便なら飛行時間といい、可能なわけか。せっかくなので見た。
フライトは1本と少しの長さだった。

 那覇に到着すると乗るのは東京バスだ。何故那覇で「東京」バスなのかと誰しも思うはずだが本当に東京バスで、空港から南部の観光施設を経由、南部のホテルに至る路線を走っている。その名も「ウミカジライナー(海風ライナー)」。

 経由するのはウミカジテラス、瀬長島のホテル、道の駅、アウトレットや水族館。
更には港の突端にあるサザンビーチ&リゾートホテルや糸満市役所を経由、その先の
ホテルが終点となっている。今回は道の駅にも近いサザンビーチ&リゾートを予約。

 ホテルは港の突端にあり、海風が強い。さらに不運なことにはその日大がつく寒波が本土どころか沖縄をも襲っていた。15℃を切って大騒ぎと聞けば鼻で笑う人の方が多いだろうが、風もあって結構寒い。

 空港では観光客が帽子を飛ばされたのを見た。沖縄で帽子をかぶるならあごにかける
ゴムやリボンなどを縫い付けないといけないし、日傘も傘も、並みの握力では風に持っていかれるので、鍛練が必要である。誰も教えてくれないが、マジで飛ぶ。

 私の部屋は最初に予約したのより広くなり、しかし港側だという。窓からは船が忙しく働いているのが見えた。これが泊港ならば見えるのは離島航路の船である。亡き父はその昔、石垣島旅行の際、船に一頭のヤギが載せられているのを眺めたものだが、港の用途により眺めも変わる。

 けど港の向こうには橋が見えて車が行き交っているし、その向こうには糸満の街が広がっている。反対側の部屋ならビーチが見えるが、なんせぼっち旅、そんなものは見なくていいのかもしれないと納得。

 羽田を出たのが8時過ぎ、ホテルに荷物を預け、道の駅「いとまん」を目指す。徒歩15分。民家もないので殺風景でこれといって面白い道でもない。それでも途中、周囲にバラを植えている物流会社? があり、京成ローズの札をつけたそれは結構なコレクションだった。しかし潮風が吹きまくるところで大丈夫なんだろうか。

 道の駅近くには土地の樹木(名前はわからない)を植えているところがあり、柔らかそうな新芽の中心にたくさんの花をつけているのが見えた。生き生きしていて、バラよりこっちの方がいいような気がしたが、まあ個人の意見ですな。

 道の駅「いとまん」。お魚棟には沖縄の代表的な魚のほか、生カキだの焼きロブスターだの、様々な魚介で作るのっけ丼がにぎゃか。しつらえられた席で韓国人が食べようとしている足元には猫。

 お土産棟には沖縄生活に欠かせない行事や暦について書かれた沖縄手帳とか、土産菓子とかがあり、石垣島で作られた「くんぺん」や素朴な「たんなふぁくるー」はここで買うことになる。しかし皆さんはこんなに大量にある土産菓子からどうやって選ぶのであろうか。

 花卉棟にはでっかいでっかいハイビスカスが並んでいる。地植えにすればいいのだから沖縄のどこかにはハイビスカスだらけにした庭があるはず。だが未だ見たことはない。ランが街路樹にくっつけられている道は首里で見た。これだから歩かねばならないのだが全ての瞬間全ての場所を見られるわけではない。残念。

 青果棟というのか、そこには青果の他にお弁当や手作りお菓子などが並んでいる。
ニガウリやヘチマを見てはよしよしとうなづき、パッションフルーツや釈迦頭の値段に
ひっくり返る。驚くほど大量のキュウリが売られていて、どうやって選ぶのかってくらい。沖縄は基本的に野菜はお安くないが、ここでなら新鮮な野菜がお安く入手できる。最終日に持ち帰るために作戦を立てようと入ったのだが、道の駅をあとにしたところで本日送ってしまえばよかったのではと気が付く。家には「置いてかれた」と自称する人がいるではないか!まあいいやこれから糸満ジミー(沖縄チェーンのお菓子屋さん)に行って買ったものと一緒に明日送ろう。

 それでまたウミカジライナーに乗って糸満市役所前で降りてみた。本当に市役所しかない。喫茶店とかで一休みとかしたかったんですが。仕方ないのでスマホを出してジミーの方向を目指して歩き始めた。表通りは面白くない。その裏の道でこそ驚くようなものが見られる。
それで一つ裏道に入ったら、廃屋からかつて飼っていたのに似た野良シャム猫が出てくるではないか!。飼っていたのは30年も前で、野良だったのでシャム猫と言っても何代か経たシャム猫で、だが一瞬で30年前に飛ばしてくれた。ちむどんどん。(沖縄方言で心臓ドキドキという意味)。当の猫はそそくさと行ってしまったし、こちらもただ見送るしかなかったが。

 普通に住宅街だが、沖縄の住宅は本土のとは全く違うので楽しい。台風に対応するため鉄筋コンクリートで作られ、守られているくせに開口部が広い。何のことかと言えば大屋根である。かつて見た石垣島の住宅では雨が降っているのに戸を閉めようという気配がなかった。

 そんな家の庭に、なんとポインセチアの庭木があった。バナナやパパイヤは普通だが
赤く色づいた地植えのポインセチアは季節限定である。地植えが可能な沖縄の地で
2mくらいに育ったそれは実に見事だった。(5mくらいにもなるらしいが)

 一つ道を違えれば見ることはできなかった。何の縁もゆかりもない住宅街でうれしさに身もだえしていると、今度はうちのにそっくりな猫が目の前を横切る。坂を登れば赤瓦を載せた小さな家の庭に妙に立派なバナナの木が何本もあったり、これまた大きな家の広い広い庭に軽自動車2台が置いてあったりして勝手な妄想にふけるには十分である。

 小学生らしき男の子が目の前で倒れ、延々と立ち上がれないのにも出会った。よそ見をして歩き、歩道に立つポールにぶつけたらしい。問題の場所を。「そのまま行けば
あたると思ったんだよなー!」と言いながら友達が見下ろしていた。そんなものまで
見たくはなかったがまあ仕方ない。かの小学生に幸いあれ。

 あっちでもこっちでも喜んでいるうちにさすがに疲れてくる。何度もいうが風が強い。寒いもさりながら延々と風に吹かれていると少しづつ何かをかすめ取られていくような気がする。なんとかジミー糸満店に到着出来たが、一休みできる喫茶室はない。馴染みのお菓子を買って出た。

 スマホの地図によればコメダ珈琲店があるようだが、ここまで来てコメダだろうか。
道路標識によればホテルのビーチ、つまりホテルまで2kmだそうである。あと30分も歩くのは嫌だ!!だが糸満では流しのタクシーは通りかからない。タクシーを呼ぶためにはそれなりの目印が必要だが、それも見えない。

 道を振り返りながらでも1kmを歩いたらしく中間地点の道の駅に到着した。あと1km?と、そこに奇跡的にウミカジライナー来るではないか!乗ったとも。道の駅からは蛍の光が聞こえてきた。 ふと、こんなバカな旅、あと何年出来るのかと思う。

 夕飯の時間になったが風に吹かれることを思うと、もう動けない。ホテルで食べてしまえ。ビュッフェはあまり好きではないが致し方ないではないか。歩数計は1万6千を超えていたが、まあこんなもんか。

 このホテルのビュッフェは沖縄県人にも評判がいいとのことで、沖縄料理の他にタコヤキとかジンギスカンとか、品数も多い。これならホテルから出る必要はないかもしれない。単にぬるい料理を自分で持って来なければならないのが気に入らないだけで。

 沖縄は西にあるので暮れるのが遅い。レストランに入ったときは、リーフに砕ける
波も、その内海の波も見えた。やがてその波の上の広い空を横切って、いくつもいくつもまっすぐ飛行機が降りていくのが見えた。飽きず眺めながら酒を重ね( あわわわ)飛行機が降りてくるのを眺めるうちに暗くなり、波は見えなくなった。
さて、部屋に帰って夜景を眺めることにするか。