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それは私たちのマイルが貯まり、有効期限が来ようとしているという理由で計画された。台湾便はマイルでとれる席が無い。だが杭州行きが空いている。チケットも、空港からのシャトル・バスの終点にある便利なホテルもけろりととれた。以前、上海に行ったときのガイドブックにも杭州は載っていたので、そのまま使えた。ガイドブックによると杭州は絹と美味しいお茶、龍井(ろんちん)の産地らしい。
12月1日朝6時15分にタクシーで出発。雨。成田までバスで2時間。薄暗い中に、木々の紅葉が浮かび上がる。現地の予報では、毎日晴れとのことだが、それでも東京より現地の方が寒いらしい。毎度毎度荷物作りには頭が痛いが、ある意味日本にいるよりも気楽。極暖のレギンスにチュニック丈のセーター重ねるという楽な格好でどこでも通用する。
日本ではレギンスはいてお尻を隠さない人はいないけど、アメリカだってヨーロッパだって、どんだけ太ってても皆平気でやっている。これはあくまでも郷に入れば郷に従えということであり、旅の恥はかき捨てという意味ではない。そうそう、10年以上使っている古くなったストールもこの際持って行って現地でお別れしよう。絹の産地だしな。
成田の免税品店では、普段使う化粧品の類をぱぱっと補充する。日本人のお姉さんたちは親切で気が利いているし、東洋人向けの商品もそろっているので、買いやすいのである。
実際、これから旅だというので持ちやすいビニール袋にわざわざ入れ替えてくれたりして、こちらも丁重に御礼を言うのだが、相手の方がむしろ恐縮するという・・・。ハイ。
成田から杭州まではおよそ3時間半。座席は両側3席づつで、ほぼ満席。日本列島はずーっと雨、という日だったけど、富士山が雲から頭だけ出しているのが見えた。
着陸前に見える地上は、水郷と畑と近代的な建物ばかり。
杭州到着。入国審査に並ぶ。係官、パスポートを見てから、しばし迷い、その後、名前を聞き、渡航目的を聞き、挙句にヘンな笑いを浮かべて、行ってよし!と。何故にこんなに手間取るのか。いくら個人旅行だからと言って、私はおとなしくて金づるになることで有名な日本人なのに。そういえばミュンヘンでもこと細かく聞かれた。そのときはドイツらしくマジメなヤツだなーと思っていたのだが、中国でコレはないだろう?
夫、髪形を替えたせいではないかと言う。それもそうだが、パスポートの写真を撮ったとき、今より10kg太っていたことを思い出した。そのせいで、今は別人28号になっているのかもしれない。だとするとこれから私はどこの国に行っても疑われ、質問しまくられることになる。ダイエット成功の後に、こんな落とし穴が待ち構えていようとは!!
空港の外に出たら、杭州は薬っぽいにおいがした。世間は霞の中にあり、東京だと3月の黄砂をかぶった景色。市内へのシャトルバスを探す。バスの発着所は国際線出口から右にまわっていくが、とにかく遠いから気をつけろと何やらに書いてあったが、幾多の路線バスを越えたところにあるそれは、本当に遠かった。しかしたかだか3時間半の飛行であり、ヨーロッパ到着時とは疲れ具合が全然違う。
荷物を預けてバスに乗ろうとするが、バスは混んでいた、いっしょに座れない。バスガイドみたいなおねえさんが空いてるところを指差すので、おとなしく座る。隣はビジネスな格好をしたおじさん。シートベルトをつけろとガイドに言われ、皆、装着するが隣のおじさんがシートベルトを見つけられず、わあわあと何か言う。当然、何を言ってるのかわからない。
機上から見えた畑と4階建ての家を横目にバスは市中を目指す。畑の畝立てはまっすぐだ。時にはビニールトンネルもかけられているが、温室は見えない。4階建ての家は豪邸なのか1階ごとに人に貸してるアパートなのかはわからない。ただ、時々屋根のてっぺんに東屋みたいなものや、ロシア寺院のようなカラフルなタマネギを乗っけているのが見えて、どうやらそういうのがオシャレ、または流行らしい。
杭州駅を経由して、その次が終点であり、自分たちが泊まるホテルだった。うわー、楽! ロビーにはテーラーと、なんちゃってアクアスキュータムの店がある。なるほど。部屋で荷解きをし、少々休む。そこそこ立派なホテルで、文句があるとすれば洋服をかけるクローゼットはあっても、タンスがないということ。何日も宿泊する人がいないのか??
部屋を出て、西湖を見に行く。ホテルの前の道をまっすぐ行けば10分で湖につきあたるはず。この道は殆ど銀座通りのようなものらしい。果物屋が目立つ。あと、名物の絹とお茶を商う店が多い。周囲は若い人ばかりで、デートなのかオシャレ。日本の影響があるのか、あまり変わりはない。女子は布のコートが多い。
湖には日が落ちようとしていた。客を載せた幾槽もの小舟がばらまかれたように浮かび、操る人の動きに合わせて右に左にと揺れている。それより大きい屋形船のような船もあれば、2階建ての家のような姿の舟もあり、そちらはただ静々とすべるように進んでいく。
ぼやけて見えるのが空気の悪さのせいだとしても、それでも西湖は美しかった。このだらけた私が、屋形船の船着場にたどり着くとすぐさま、載る!と言ったくらいである。船に乗り込み2階に行くと、具合のいい場所にある椅子は空いてなかった。が、出航すると皆椅子をけって外に出た。船は沈む夕日に向かって進み、皆それを見逃したくなかったのである。
湖には橋がかけられており、太鼓橋のような丸い穴があいていて、その上を人が行き来し、また手漕ぎの舟がその丸い穴を通っていくのが見えた。この次は是非、あの手漕ぎの船に乗らなければならない。いやまさか、こんなにも乗りたくなる舟があろうとは思いもしなかった。
西湖周遊は40分ほどだった。そろそろ夕飯に行くべきでは。地下鉄につながる地下街が清潔で良いとのことだったので、そちらを目指す。たどりつくと1軒、生簀に魚がうようよ泳いでいる鍋屋を見つけた。だが、他にもいいところがあるかもしれない。候補のひとつとしてもうひとまわりし、トイレも済ませてからまた考えようということになった。
が、なんでか他の店は韓国焼肉だのカワイイ飲み物やケーキだのばかりで、普通の中華レストランがない。仕方ない、鍋屋に行くか!
ところで、ここからしばらくトイレの記述に入る。中国のトイレは色々有名であるが、そんなの知りたくもない人もいるだろう。読みたくない人はすっとばかして欲しい。
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情報通り、地下街は新しく、一見清潔だった。だが、女子トイレは違った。いや、設備は新しく、洋式便器もぴかぴかしていたのだが、使い方に問題があり、便器もフタも尿にまみれていたのである。こちらはどうせそんなこったろうと思って、トイレットペーパーを(なぜか個室の外に設置してあって、トイレに入る人はそこから必要量の紙を持って入ることになってた)中国人たちの5倍ほどもちぎって入室したのだが、それでも使用可能な状態には出来なかった。そこには不潔恐怖症の人が見ている画像が実際に存在した。
ここまで来ればヒンズースクワットは仕方ない。だが、どっちを向けばいいのか。通常の方向では、ちょっとまかり間違えたら、便器や上げた便座、蓋に触ってしまう。逆だと、まさにその見たくない状態を見ながらがんばらないといけない。
トイレから出たあと、念入りに手を洗ったことは言うまでもない。いやもう、手術室に入れるんじゃないかってくらい洗った。私の人生、ここまで真剣に手を洗ったことがあっただろうかってくらい、洗った。何がすごいって、この後食事が待っているのである。
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改めてたどりついた鍋屋の生簀では、相変わらず魚が泳いでいた。だが、この生簀の過密ぶりがすごい。なんでだ。普段の人間の生活からして既に過密なので、魚の過密に気がつかないのか。日本の生簀なら5尾がせいぜいのところに15尾は入っていて、そのどれもこれもが同じ方向を向いてうようよ泳いでいるのである。そして、その魚というのが見たことがないものばかり。これを食べようという夫もすごいが、やめようと言わない私もすごい。
店に入って驚いた。お客たちが囲んでいる鍋が見たこともないほど大きいのである。あれを私たち二人で食べるってか?だがここは中国、日本なら食べ残してはいけないが、中国なら食べ残しはタブーではない。大体、それがタブーならお店の人がニコニコと私たちを案内するわけがない。
問題は、注文だった。鍋の汁の中身を決め、具を決めなければならない。酸っぱいはダメ、辛いの(ラー油のラー)のもダメ、とそこまでは通じた。魚は6種類くらい、1斤あたり高いので60元なので日本円で千円ほど、高いのなら確実だろうとそれに決め、あとは適当に青菜やキノコを選ぶが、本当のところは何ひとつわかってはいない。だって簡体字なんだもの。
ビールを注文したら、棚の上から無造作に持ってきた。夫、手に持った途端に「冷」という字を相手に書いてみせる。相手は承知して、やがて冷えたビールがきた。夫は冷えすぎたビールがキライだが、何しろそれは、棚の上のほうにあって「熱い」というレベルだったらしい。
他所のテーブルでは、ジュースを飲んでいる。1リットル入りのポットに入ったそれは10元で、作っているのを見るとレモンやらシークワーサーみたいなのを思いっきり搾り入れていて、見るからにすっきりと美味しそうだった。(案外甘いのかもしれないが・・)
やがて、大きな銅製の鍋が二人がかりで運ばれて来た。それは既にくつくつと煮えていて、草で編んだぶ厚い鍋敷の上に置かれる。いそいそと大きな魚の切り身と申し訳程度の野菜を器にとり、どれと一口。味はと言うと・・・ええっと、つまりこれは川魚、ですね?という味だった。川ではなく、西湖の魚だったのかもしれない。魚の味のジャンルとしては他に磯魚というのがあるが、これは完璧に川の味だった。
ともあれ、なるほどこんなものかと食べ進む。何がすごいって、この鍋の汁の美味しさだった。クリーム色がかっているそれは細かく砕いたもち米の味がした。これだけで赤ちゃんが成長できそうな。汁の中には魚のほかにレタス、きくらげ、そのほかに夫がいやがるエノキが入っていた。これがまた1本がぶっとくて、もう少し上から切ればいいのに根元近くで切ってある。美味しかったり、川っぽかったり、歯にはさまったりしながら我々は粛々と食べた。
何故か鍋の底には黒くて丸っこい石が敷いてあった。なるほどこれのおかげで最後まで温かいまま食べることが出来るわけか。(入るときには気がつかなかったが、後で見たらお店の前には「火山石鍋」とかなんとか書いてあった)。実際、こんなものが入ってたおかげで??我々もはさほど見苦しくない程度まで食べることが出来たのである。
帰りがけ、夫は自分たちが食べた魚はどれなのかと生簀を指して聞いた。それはお腹を見せてる黄色くて大きな魚だった。「ええっ、この具合の悪そうなの?」って夫よ。「俺はこっちのが食べたかったのに!」って、指差したそれはウツボみたいなまだら模様で、基本的には細長いくせに肉の付き方がぶよぶよと不健康な感じで、私としてはちょっとコレは食べたくないかも、と思った魚だった。
銀座通りとやらの店のひとつで、ビールを買ってホテルに帰った。1本10元で、レストランで飲んだのと大差ない値段だと夫は言った。