台湾 高雄の旅 3

 本日も天気はそこそこ、暖かくて雨は降らないがある程度の曇り空となるらしい。
立派に晴れてしまった瞬間に備え、一応日焼け止めを塗る。11月初旬、高雄では半袖で十分、というより長袖では暑かった。

 さてこれからどうするか。蒋介石が作った防空壕を利用したという水族館も見てみたい。でもそれはいつでも行けるような気がする。田舎の風景も見てみたい。バスで行って帰ってくるだけで十分ではないか。それでまずは高雄駅のバスセンターまでタクシーで行った。ホテルから140元、てことは500円くらい?二人で乗ればバス料金。
 
 それはいいがタクシーから降りると目の前にはバスセンターまで450m、の表示があった。ちょっと面倒くさくなり、まずは駅を見にいった。エスカレーターを下っていくと駅弁を売っているのが見えた。ゴハンの上にダイナミックにはみ出して肉の塊が乗っかっている。何と野蛮で美味しそうなのか。少し前の沖縄のお弁当もこんな感じだった。

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 駅の電子掲示板には行先と同時に「山線」だの「南廻線」だのと表示されていた。地図を見れば人が住んでいるとも思えない田舎路線。しかしそっちの方が面白い。なんたってここは南、畑の作物も違うはず。新幹線ならともかく各駅停車なら判別がつくでしょう。台北、台中、台南までは知っているが台東なんて聞いたことなく、どうせならそこまで行ってみたい気もしたが、日帰りではちょっと遠いので1時間ほどで行ける潮州まで行くことにした。
 
 路線は地下鉄から始まり、高雄を発車すると、「民族」や「正義」という名前の駅があり、珍しがっているうちに「鳳山」、はてそれは神々が住むところではないのか。めでたいからそういう名前をつけるのか。駅名は後庄のあとが九曲堂で、このあたりの駅名なら日本にもありそうだ。高雄を出て15分で後庄、その後電車は地上に出た。
 

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 郊外の建物は新しく清潔にも見えた。屋根の上には大量の水タンクが沢山設置されている。30分もしたところで周囲はほぼ畑になった。バナナやヤシが見えて、高雄の路地裏の家庭菜園とは全く違う眺めだった。「あ、ヤシの実が6つも7つも1本に実ってる!あっちはナツメヤシかな?バナナに網がかけてある!」と興奮していると横で夫が「ラジオの送信所があるな」と。
 
 電車を降りると潮州観光案内所みたいのがあり、首尾よく街の地図を得ることが出来た。駅前には農家超級市場というのが見え、あれは道の駅かそれともJAの売店みたいなもんかと勇んで見に行くと全然そんなもんではなく、店内は光量が足りててもなんとなく薄暗い。場末のスーパーっぽい。お客さんがいないからなおもそう見えたのかもしれない。反対側にある弁当屋は入れ替わり立ち替わり客が入っていたのだが。
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 地味に歩き出す。街は人口3万人くらいに見えた。どの店も看板は立派だが店は開いてない。歩道にはバイクと車が間断なく停めてあるが、はてこのバイクや車の持ち主は今どこで何をやっているの?もしかして高雄に出勤中?廟があるようだから見に行ったが小さなコンクリートの、日本で言えばお地蔵様のお堂みたいのしかなかった。右側の土地にはきれいに飾った何かがあったから、これから建設中なのか?でも地図にはちゃんとした廟が描いてあるんですけど。
 
 引き続き街を歩く。種苗屋さんが点々とあるが先刻見たバナナの苗なんぞはなく、家庭菜園向けの苗ばかり。唯一見たのがライチーだけどこれも畑に植えるのではなく、庭木らしく1本だけだった。

 地図によると古い日本建築が残っている歴史建造物地区があるらしい。行ってみたら再建中なのだそうで一部以外は廃墟。しかし廃墟ってのは不思議な魅力があり、日本建築のその向こうにあるコンクリートの建物に、何とも親近感を感じる。ここに最適な建物とはどんなものなのか、日本建築は風が通って夏は涼しいかもしれないけど台風にはコンクリートの方が安心なのでは??

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 案内所のおねえさんはとても親切、日本語が出来なくて申し訳ないと言ってくれるがこちらこそ北京語を勉強もしないでここまで来ちゃって申し訳ない。
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 かき氷屋に入り・・・いえ、屋根はあるけど吹きさらしのオープンカフェ状態だから空いた席に座り、小豆ミルクらしきのを指さしで注文、周囲にはシェアして食べている人もいるのでこちらも注文は一つだけ。
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 小さい子供が夫に注目している。店の前には焼き芋をたたいて餅状態にして焼いたものを売っている屋台があり夫買いに行く。子供、早速隣のお婆ちゃんに言いつけていた。夫はと言えば、焼き芋にグラニュー糖をまぶされたのが、ちょっとがっかり。こちらは一瞬、このかき氷、大丈夫か?と心配したけど結果的には何でもなかった。健康と、気持ちからおなかを壊すことがないガサツな精神バンザイ。
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 なんとなく満足したしさて高雄に帰ろうか、しかし同じ電車に乗るのもつまらない。
屏東まではバスが出ているようなので乗ってみようかということに。駅前にはバスの発着所にやがてやって来たバスの若い運転手に屏東と書いて見せた。すると彼はささっとスマホを出して中国語で何やら話し、スマホGoogle 翻訳で日本語訳させてくれるではないか。このバスではなく何番線から何分後に出るバスに乗れ、ちなみにつり銭は出ないから細かいお金は用意しておいた方がいい、とかなんとか。
 幸いバスが出るまで時間があり、近くのパン屋で用もないパンを買って小銭の準備もできた。夫はいつまでもバスの運転手のお兄ちゃんに感動している。時代と、彼の親切さに。
 
 バス路線は、まさに街道をゆくという感じだった。バナナ畑の間を走っていくのかと思えばそうでもない、小さなお店が並んでいたり、学校どころか大学まであり。畑の中にあるからには農家なんだろうけどそれが立派な3階建てで最近新築した感じのがいくつも見かけた。食べ物作ってあれが建って一族で住んでいるならなんと健全なのかとうれしい。バス運賃は電車より高いが、こういうものを見るために乗ったと断言できる。高速バスではない、路線バスの旅。古いスタイルの中国式農家も見えた。

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 1時間くらい乗っていたのか、屏東駅に到着した。ここから電車で高雄に帰る。ローカル線もバスもまだまだ乗ってみたかったが仕方ない。
 
 エレベーター前には例の「友の会」の一人がいた。挨拶したら、長々と歩いたんで疲れたと言った。旅行あるあるですねと言おうとしても英語に変換できない。ニュージーランドから来たとのことで、私を上から下まで見て、ふっと笑った。その薄ら笑いは何なのか、「まっ、あんたはいいわよねー。どこまでも歩いて行けるでしょうよ。」という意味か、それとも「貧相な女」?1.5倍しても100kgに満たないからと言って、それはないでしょう!
  
 しばらく休んで、ホテルの人にタクシー呼んでもらって、お土産買いにカルフールへ。ホテルの前の小さな池は緑色の藻で覆われていた。見るともなしに眺めていたら下の方から白い何かが浮き上がってきて、魚の集団だった。金魚というには大きい、ひらひらした観賞魚。夕方でもあり、エサの時間なのかもしれなかった。こんなのがいたとは知らなかった。
 ところでカルフールというのはフランス資本のスーパーで、台湾中あちこちにある感じ。最近は台湾に行くと留守を預かってくれる人にここのでっかいパンを買って帰る。いや、台湾でなくともお土産はパンで、そんなところでそんなものをと言われそうだが、平凡なお菓子や得体のしれないものよりは全然いいらしい。
 
 ほかにも色々と買い物をして、カルフールの人に頼んでタクシーを呼んでもらった。だが夕方のラッシュで目の前はバイク専用レーン、来ても駐車しにくかろう状態なうえに、いつまでたってもこない。やがてカルフールから人が来て、事情があって別の車が来ると伝えてくれた。どうやらわざわざ日本語が話せる人を探して伝言に来てくれたらしい。それでも何とかタクシーはやってきて、ホテルに帰る。代金は105元だったか、5元は要らないと言ってくれて、そんなこと言われたらもう100元渡したくなるじゃないですか!!

 

 すぐに夕食へ、今夜は海鮮料理だとのこと。店は犬を連れて来ている不動産屋と中途半端な味のお菓子屋、そして看板は立派だが店はひと昔前のタバコ屋みたいな檳榔屋の並びだった。
 
 檳榔屋は南部に多い。強壮剤なんだったか、労働者が好み、習慣性がある。あんまりお品のよいものではなく、ホワイトカラーが手にするのは恥、しかしタバコは25%の税金がかかるが檳榔はそうではないので店は儲かるのだと後にガイドさんに教えてもらった。
 電車から見たヤシの中には細かい緑の実をつけているのがあり、ナツメヤシ(最近流行りのデーツ)かと思ったけれど、後で思えば檳榔だったのである。ヤシと言われればココナツを思い出してしまうが、ナツメヤシもあれば檳榔も同じヤシなのだと思えば興味深い。
 
 で、海鮮料理である。店はキレイだがテーブルクロスはなかった。奥の方のテーブルに帳簿なのか、乱雑に山積みにしてあるのが見えた。海鮮料理といえばお高くとまらなければならないのにそんなものをおきっぱにしてしまうツメの甘さがカワイイ。
 
 途中で地元の人に連れられて日本人の若い男の子のグループが入ってきた。「中国ではスープが重要なのです。」とか教えられている。それは一応知っているし日本でもそうなんだけど、我が家に関してはビールの方が重要なのでスープは注文してなかった。やがて隣の席からどよめきが起きて、何かと思えばエビ料理のご到着だった。男子は大概エビが好きなように思うが、何でなのだろう。赤いからか?
 

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 料理の中身は忘れたが、凝っていたことは覚えている。変な言い方かもしれないが、中華料理ならではのいっしょくたでない料理もある。つまりほら、ジャッジャッジャッ、はいお待たせ~じゃないやつ。こういうのを食べるために夫はここまで来たがるのである。いや、日本国内にないとは言わないけど。
 
 ・・翌朝は4時半起き、当然朝食は始まっていないのでホテルからお弁当を渡される。これはツアーゆえの特権?エジプトでもベトナムでもお弁当の朝食はあった。パンとリンゴにジュースくらいなもんだけど、高雄のホテルのお弁当はエジプトのより格段に良かった。どっちにせよ飛行機に乗る場合は液状のものは荷物チェックの前に飲み終えなければならないけど。

 当然、外はまだ暗いが、空港横の公園ではほの暗い灯りの中、ウォーキングしている人が何人もいた。あまりに人数が多いので、事件も起きようがないくらい。多少は涼しいし、日にも焼けないからちょうどいい時間帯なのか。
 
 ほの寂しい気持ちでいたが、空港は大混雑だった。「皆、朝早く出ます~」とガイドさんが。夏支度のうえにパン程度のお土産では荷物の重さは余裕でクリア、出国審査を終えて座っていると目の前には椅子にコートをかけてパソコンをいじっている若い男子。改めてそちらに目をやると男子はコートを椅子にかけたままいなくなっていた。
 
 日本の11月に30℃の高雄から行ってコートなしでいられるはずがない。ユニクロで買うとしても一食分くらいのお金が飛ぶ。そしてそのコートは高雄では殆ど使い道がない。だがさすがに気が付いたらしく、ツカツカと帰ってきた。
 
 帰りの飛行機は早い。夫は高雄を気に入ったと言った。私はどちらかと言えば高雄の天気が気に入った。冬の沖縄や台北では雨になることが多い。晴れれば半袖だが、いったん曇ったら風もあって寒い。油断してるのであり得ないほど寒く感じる。高雄はあまり晴れなかったがそれでちょうどよかった。台北と違って都会ではないが人は優しい。見どころは与えられるものではなく、自分で見つけるものだと開き直れる人にはちょうどいい大きさの都市だった。
 
                                 おしまい。