ミュヘン、フィレンツェ、ピサのちミラノのちミュンヘン その9

ピサからミラノへ

 

 本日はピサからミラノに向かう。同じミラノに行くのでもフィレンツェを経由すると3時間でつくが、2時間かけてリグリア海を横目に北上してジェノバで乗り換え、今度は内陸部を2時間かけてミラノに行くというプラン。駅に行くと若い韓国人のグループがいた。女の子はハイヒールを履いている。我々はよたよたと一等車に行き、彼らは元気に二等車両に向かう。

 

 電車のステップが高く、重い荷物を持ち上げねばならないのが辛い。これはイタリアだけではなく、ヨーロッパのどこの国でも同じ。幸い、電車は空いていた。途中から、海が見えたり見えなかったり。たまにホテルなのかレストランなのか海に面したテラスにビーチパラソルを一杯開いているのが見えて、それだけでとても楽しそうに見える。

 

 ビーチの反対側は緑の山肌にぽつぽつと建物が建っていて、あれは別荘か。時々山の上に小さな教会か城か、石造りの大きめの建物があり、その周囲を小さな集落が囲んでいるのが見える。「あんなところを巡ったら楽しいだろうな。」と夫が言う。それはその通りだ。そんなところにはジプシーもいないし。あれ、今はロマの人とか言うんだっけか。

 

 それにしても海があって山があってそれに沿って建物が上っていく姿は。何かに似ていると思ったら、それは伊豆だった。建物の屋根がオレンジ色の瓦ならともかく、四角い形だと益々似てくる。マズい、ここまでお金と労力をかけてこんなことを感じてはマズイ!(その後、ネットを見ていたら「行ってはいけない世界遺産」なる本があって、同じようなことを書いてあったのだった。確かに、ビーチによっては日本や沖縄のビーチの方がはるかに美しかったりする。トホホ・・・)

 

 と、夫が「いっ・・・大変!」と言い出した。改めて確かめてみたら、ミラノのホテルがけっこー駅から遠くて、徒歩にして15分くらいだったとのこと。なるほど、でも今回は荷物も少ないし、スーツケース転がして歩けばいいだけの話ではないだろか。台湾の街なら大変だけど、ザグレブほどでないにせよミラノなら道も平らだろうし。

 

 ジェノバ到着。ここで乗り換え。駅のホームに売店があり、ないよりマシだろう、これでも食べてお腹をなだめておきなよ的な感じのものを売っている。つまりピザとか、スナック菓子とか。あまり種類はなく、全てが大きくおおざっぱな感じ。日本のキオスクって全てが小さく、そして商品の種類が多いんだなと思う。ハテそういえばキオスクって今は言わないのよね?

 

 いつもの通り、電車は遅れてやってきた。一等車両はコンパートメントになっている。なんと同じコンパートメントには、日本人女子がいて、「日本人に初めて会いました!」とのこと。彼女は地中海の保養地が好きだとかで、一人旅らしい。我々の荷物を見て、「たったこれだけ?」と、驚く。話によれば、スーツケース3つに、ガーメントケースもいくつか持参しているらしい。それだけ持って行こうとしたら、飛行機はエコノミーでは足りない。

 

 ふと、彼女がスマホを取り出し、荷物が多い理由が待ち受け画面に表示された。こじゃれた飲み物を前に、肩の出た赤いドレスを着た彼女が艶然と微笑んでいる。つまり、これがやりたくて保養地。毎晩着替えるために、沢山のスーツケースであり、シワになったら台無しなドレスのために、ガーメントケース!

 

彼女は「日焼け止めを使いきっちゃったから~」と言うが、このぶんでは昼間は全身に日焼け止めを塗って水着で横になっていたに違いなく、その水着も毎日替えて、なお夜になれば日替わりでドレスにお召し替えしてゆったりと過ごしたに違いなかった。だがそのために、どんだけ頑張っていることか。

 

 大体あっちの電車は違うホームに行こうとしたところで、エスカレーターもエレベーターもありゃしないのである。美しくありたいがために一人旅でこれだけの着替えを持ち歩く彼女には頭が下がった。私には、そんな根性はない。体力も。

 

ところで、こんな彼女もマジメな日本人の一人である。なんでも保養地というのは辺鄙なところにありがちなのだそうで、ポルトフィーノだかアマルフィだったか忘れたが、やっとフェリーに乗り場までたどりついたはいいが、チケット買おうとしたら売り場が閉まっていて、フェリーは来るしチケットは買えないしで例の如く大荷物抱えて右往左往。だというのにフェリーの人は「うん、閉まってるよねー。」程度で気にしていなかったと怒っている。

 

 一方で、現在乗っている一等車両に検札に来ないことを残念がる。往路では、チケットもないのにしれっとして一等車に座っている女の人が何人もいたのが検札でバレたのを目撃していたらしい。他人がズルするのもイヤだが、自分がズルするのもイヤで、フェリーはちゃんとチケット買って乗らないとイヤだし、イタリア国鉄の職員がちゃんと働いてきちんとお金をとりに来ないのも気に入らないのであった。うぷぷ・・

 

 ミラノ到着。なんでここで1泊することになったのか。4時間の電車の旅の後で、またバスに乗り替えて空港に行って飛行機に乗って、というのは辛いのではないかという夫の配慮の証である。だが、後で思えば4時間座りっぱなしだったわけではないので余裕のよっちゃん、バスに1時間乗ってまた1時間ばかり飛行機に乗ってミュンヘンに2泊した方が断然ラクだった。なんとなればミュンヘンは空港から中央駅まで地下鉄で1本だし、既に土地カンも出来ていたし、ミラノに比べて何かと整然としているからである。

 

 でもまあそんなのは後でわかる話。通りの名前で苦労しつつ、あっちの方だねーとスーツケース転がして歩いていけば、いやに紙やら何やらのゴミであふれる通りに出た。コレが何かといえば、市場の跡。つい先ほどまで市場が立っていたので、これはちょっと惜しかった。スーツケース持ってる身の上で何が買えるわけでもないけど、見たかった~~~ああああ。

 

それからまた、あっちだーこっちだーで歩き、住宅街に出た。「見事に何にもないわね。」と言ったら夫が「すいません」という。あらやだ、あなたのせいなんかじゃないわよーと反射的に言いそうになったが、こいつ以外の誰のせいでもないということに気がついて愕然とした。まあ、差し引きしなければならないものは大量にあるから、敵さんが持つところの何勝かの中の黒星1つ、ということにはなるのだが。

 

 ところで、ホテルの名前は何故かフローレンスと言った。それって、フィレンツェという意味である。なんでミラノなのに、フローレンス?そしてあのフローレンス・ナイチンゲールは1年以上にも及ぶ両親の新婚旅行の最中、フィレンツェ、つまりフローレンスで生まれたからその名をつけられたらしい。新婚旅行の間に子供が出来てなお生まれて、ってすごすぎ!

 
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 ホテル・フローレンスはちっこかったが、そんなのはいつものことで、まあまあだった。ベランダがあって、そこには椅子とテーブルもあった。洗濯物がとっても乾きやすそう!(もはやこっちの方が大事!)というわけで早速洗濯をし、ベッドにどかーんと横になって作戦を練る。

 

 中央駅からはちと遠いなりに、すぐそこの地下鉄駅からドウオモは駅にして3つ4つだった。てことは、東京駅に泊まっていて、銀座に行くのと同じではないか。夕食まで3,4時間もあれば十分ではないか。夏で日は高く、いかな大聖堂とてそんなに危険ではないはずだ。

 

 地下鉄を出ると、そこには誰もが目的地とする、本物のミラノがあった。つまり大聖堂であり、夫がさっさと退散しようとした有名観光地である。この周囲で昔カメオの指輪を買ったし、今でも愛用している。でもその店は見当たらなかった。確か、このへんの店でサラダを食べたのである。当時既にカニカマが入っていたような記憶がある。

 

 大聖堂の周囲を改めるとそれなりに満足し、ちょっと買い物もして、ホテルに帰ることにした。今夜の夕飯は、またまたホテルの人のオススメのレストランに行くことになっている。ピサが当たりだったので、夫はしばらくこの方式で行くつもりらしい。レストランに行く道すがら、ハイヒールはいた、胸がでかい中年女性が一人で暑そう~に顔をしかめながらアイスなめなめ歩いてくるのとすれちがった。

 
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 オススメのレストランは、キュートというのか、カワイイ感じで統一されていた。英国的なティーポットの絵柄の額やレース、わざと統一していない椅子、グラスなどなど。そしてメニューは絵本と共に持ってこられる。(すいません、写真はボケてます~)


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問題は、意欲的なメニューながらに良い結果を出せているとは言いがたかったことで。しかし夜が更けるに従い、店は混んでいった。こういう雰囲気が好きな人々は少なくないわけだった。